募金に関して
2011年06月03日 14:34
作者:秋月伸哉
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モクレン

「頑張って」や「希望を持って」とは言えません。ですが、希望という淡い光を、信じてほしい。完全に潰えてしまったわけではない。今は見えなくとも、光はちゃんと存在しているんだ。だから、それらを否定しないでほしい。そういった願いを込めて、この話を書かせていただきました。話というよりは私の願いといったほうが適切かもしれません。私たちはきっと、同じものを見つめている。だから、光が見えなくなってしまってもいい。再び見つけられるように、他の誰かがその光を見続けているから。


「希望なんてどこにもありゃしない」
 わたしの隣で君はそう言った。辛そうに。
 夜の闇が身を包みこむように、君の悲しさはひしひしと伝わってくる。そんな君を見ているのは、ものすごくもどかしい。髪の先からつま先まで体がむずむずしてくる。でも、わたしにはどうすることもできなくて、なんだかわたしまで悲しくなってきてしまう。わたしを包み込む闇の静けさが急に怖くなってきて、すがるようにそっと声を出す。
「……そんことないよ」

 公園から見下ろす街はもうすっかり寝静まっている。風に押されたブランコの軋む音や砂が舞う音、そしてわたしの声までもが静けさに吸い込まれていく。
 ベンチに置かれたわたしの手を君がそっと包み込んでくる。君のごつごつした手からわたしの手に不器用な体温が伝わってきて、わたしはまた、もどかしい気持ちになってしまう。
 ごめんね。辛いのは君なのに。
 ねえ、わたしの手は君になにかを伝えているのかな。君の手は大きすぎるよ。せめてもと、わたしは握り返す手にぎゅっと力を入れる。
 柔らかな風がわたしたちの元へモクレンの匂いを運び、休む間もなく過ぎ去っていく。一緒にこの気持ちも運んでくれたらいいのに。もちろん、そんなことはしてくれない。風は意地悪だ。
 風の音も夜に吸い込まれていく。やがて、わたしたちがだけこの場に残された。
 寂しい?
 でも、わたしの隣には君がいて、君の隣にはわたしがいる。小さな温もりは確かにここにある。
 
 空を覆う薄い雲の向こうで、きらりと光るものがあった。それは一瞬のできごとで、本当に光ったのかわからない。君は気づかなかったみたいだね。ささやかな驚きはわたしの胸にだけ起こった。
 しばらく音のない空を見上げていると、またきらりと光るものがあった。
「流れ星なのかな」
「えっ?」
「あの雲のほうを見ていて」
「うん」
 ふたりで空を見上げる。
 君は少し、怖がっていたね。わたしの手にはちゃんと伝わってるんだよ。雲が闇をさらに覆っているんだ。この空には希望なんて見つけられない。君の言う通りなのかもしれない。
 でも、たとえ雲に隠されていても、光るものは確かにあるんだ。
 ほら、光った。
「本当だ。流れ星って、雲があっても見えるんだな」
「そうだね。すごいね、流れ星」
 ちっぽけな光を見逃さないように、わたしたちはじっと空を眺め続けた。
 ねえ、わかってるのかな。今、わたしたちは肩を寄せ合っているんだよ。ふたりしかいなくてもこんなに温かい。それでも君は希望なんてない、と言うのかな。そんなの寂しいよ。
「希望はあるよ」
 わたしを見る君の顔はものすごく強張っていた。でも、わたしははっきりとそう言えるんだ。
「あるわけない。希望なんてどこにもないんだ」
「あるよ。ただ、今は見えないだけ」
「嘘だ!」
「いいから、聞いて。希望はあるの。君は見失っちゃっただけ」 
 ほら、そんな怖い顔しないで。
「信じて。小さくても、微かでも、光るものはあるんだよ。君が見えるまでわたしがその光を見続ける。だから、見えなくてもいい。でも、信じることだけはやめないで」
 本当はわたしたち、同じものを見ているんだよ。ほら、また雲の向こうで流れ星がきらりと走っていった。
 君の手にぎゅっと力が入るのがわかる。まだ怖いのかな。まだ信じられないのかな。ゆっくりでいいんだよ。
 少しの間だけ、わたしの手を締めつけるこの痛みを我慢しようと思った。
 風がまたモクレンの匂いを運んできた。気持ちは運んでくれなくても、君の涙は乾かしてくれるだろう。なんだ、風は優しいじゃないか。きっとあの雲も追い払ってくれるよ。そうしたら、ふたりで、空を思うままに駆け巡る流れ星を楽しもう。なにもしてあげられなくても、わたしは君の傍にいる。