募金に関して
2011年05月08日 08:36
作者:森鈴
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一歩ずつ

稚拙ですが、伝わるものがあれば幸いです。

 僕はケント君が嫌いだ。だって、いつも僕をいじめるから。ケント君は同じクラスの子で、僕より頭一個分背が高くて、体重は二倍よりちょっと重いくらい。喧嘩をしてもいつも負けるのは僕で、勝てたことは一度もない。僕だけじゃなくて、ケント君にはクラスの誰もかなわない。だから、ケント君はいつもクラスでいばっている。

 みんなケント君には逆らわないように、目を付けられないように、クラスでは息を潜めて過ごしている。こういうの、息が詰まる空気って言うらしい。マサ兄ちゃんがそう教えてくれた。
 マサ兄ちゃんというのは、僕の隣の家に住んでいる人のことだ。僕より学年が四つ上で今は小学六年生。小さい頃からよく一緒に遊んでもらった覚えがある。
 そして、これが一番大切だけど、マサ兄ちゃんは僕がいじめられているとどこからともなく現れて助けてくれる。ケント君もマサ兄ちゃんには敵わないので、クラスの中でも僕はケント君に狙われることが少ない。
 それが逆にまずかったんだと思う。

「おい、お前最近生意気だぞ」
「生意気ってどういうことさ」
「六年生に守ってもらうなんて卑怯だ」
「別に守ってもらいたくて守られてるんじゃないよ」
「よし。わかった。そういうことなら、今度からお前はあの六年生に力を借りてはいけないぞ。力を借りたらもっとひどい目にあわせてやるからな」
「いいよ。マサ兄ちゃんにはそう言っておくから」

 どうしよう。
 へんな約束しちゃった。僕なんてマサ兄ちゃんに助けてもらわなかったらクラスで一番弱くて、泣き虫なのに。ひどい目にあわせてやるって一体何をされるんだろう。うわぁ、なんてことを言っちゃったんだろう。

 僕はひとりで落ち込みながら帰り道を歩いていた。もうすぐ日の暮れる頃で、僕の影も電信柱の影も野良犬の影も、お化けみたいに伸びていた。誰もいない路地を歩いていると、次の曲がり角からケント君が飛び出してくるんじゃないか、という気がしてくる。
 僕がおじさんと出会ったのはそのときだった。

「やぁボウヤ。こんなところで何をしているんだい?」
「おじさんは誰?」
「わたし? わたしは魔法使いだ」
「魔法使い? 魔法が使えるの?」
「そうさ。君が悩んでいることもわたしにはわかる。解決することもできる」
「本当に?」
「本当さ。もし君が望むのなら君の悩みを解決してあげよう。ただし」
「ただし?」
「ただし、君の魂をいただくよ」
「た、魂」
「そう。なーに、なんてことはないよ。魂なんて君が生きている限り特に気にならないものだしね。死んでからちょっとつらい目を見るだけさ。どうする?」

 どうしよう。この人が本当に魔法使いなら、僕の悩みも解決してくれるかのかも知れない。けれど、僕はその代わりに魂を渡すことになる。魂ってなんだろう。取られるとやっぱり痛いのかな。ううん、おじさんは生きているうちは気にしないって言ってる。それに、僕のおかげで、ケント君がいなくなるなら、みんなは喜んでくれると思う。
 ケント君がいなければ、みんなが幸せになれる。

「――やっぱりいいです。ごめんなさい」

 どうして断ったのかは、自分でもよくわからなかった。おじさんが怖くなったからかもしれないし、ケント君がいなくなっちゃえばなんて考えた自分が怖くなったからかもしれない。
 僕は走っておじさんから逃げた。後ろなんか振り向かないでどこまでもまっすぐ走った。ケント君は怖い。でもこのときの僕は、ケント君より怖いと感じる何かを知っていたんだ。

「――それは悪魔だな」

 あとでマサ兄ちゃんにこのことを話すと、マサ兄ちゃんはそう教えてくれた。

「悪魔って?」
「悪魔ってのは、人と契約する地獄から来た奴のことだ。悪魔は人の願いを叶える代わりに人の魂を奪う。悪魔と契約した人間は死んだ後、魂が必ず地獄に落ちるんだ」
「地獄に……。じゃあ、僕、危ないところだったんだね」
「そうだな。地獄に落ちた魂は、永久に苦しい目にあわせられるって言うし。よかったな、悪魔の言うことを聞かなくて」
「でも、ケント君が威張るのをやめさせるなら、いいんじゃないかなって、少し思ったよ」

 僕がそういうと、マサ兄ちゃんは少し厳しい顔をした。
 僕の頭をぽかりと叩いて、こう言った。

「それはダメだよ。どんなときでも、魔法や呪いみたいなずるはしちゃいけないんだ。自分の力で頑張らないといけない。お前だって、努力すればケントに負けないくらい強くなれる。ずるしようなんて考えず、努力することが大切なんだ」

 マサ兄ちゃんはそう言って笑った。
 僕はその言葉を今でもまだ覚えている。