募金に関して
2011年05月04日 20:47
作者:天井 天丼
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傘のおじさん

この度の震災によって被災された方々に、心よりお見舞い申し上げます。とにかく、この度の震災において世界は味方で溢れています。四方八方味方まみれです。なので決して不安に身を震わせることなく、常に気丈夫でいてください、という旨を伝えたく思います。少しでも早い復興を、僕も、みんなも、強く願っています。

 雨の日は外出しないと決め込んでいたのだけれど、外出してから雨が降ってしまってはどうにもできない。
 今現在、ぼくは本屋の軒先から埃混じりのわたあめみたいな雲を眺めて立ち往生していた。三寸先の風景すらぼやけてみえる。大雨だ。それも、とびきり大粒。
 ここに来るまでは雨なんて降っていなかった。それにテレビでは天気予報士が、「今日一日は快晴で、雨の心配はないでしょう」と自信満々の笑みを浮かべて言っていた。なかなかどうして天気予報とは当てにならない。
 今日は楽しみにしていた漫画の発売日だった。朝は高揚する心をもってして眠気を降伏させ、なけなしのお小遣いを慎重に財布に入れた。当たり前のごとく傘は持ってきていない。
 止みそうにない雨を呆然と眺めながら、ため息を漏らした。雨の中を走り抜けて無理矢理帰ろうかとも思ったけれど、漫画を濡らして駄目にしてしまうのは嫌だったから、実行に移すことはしなかった。
「……ぬああ」
 なんだかむしゃくしゃして、頭を掻きむしった。身動きが取れないのは、なんだか腹立たしい。そして、閉じ込められたみたいで不安にもなる。
「どうしようか……」
 ぼくは誰に言うでもなく呟いて、なんとなく泣きそうになったのをごまかしすように、再びため息をもらした。
「傘がないのかい?」
 後ろから肩をぽんと叩かれた。振り返ると、ゴルフバックみたいに長いリュックを背負ったおじさんが、身をかがめて微笑んでいた。本屋から出てきたらしい。全然知らない人だけれど、怪しい人だとは思わせない、そんな柔らかい雰囲気があった。一応警戒して一歩退いたけれど、おじさんはそれをまるで意に介さずにぼくに話しかけてきた。
「大雨だなあ」
「晴れだって言ってたのに」
 ぼくはおじさんに、八つ当たりするように愚痴を漏らした。
「早く止まないかな」
「このぶんだと、しばらく止みそうにないぞ」
「ぼくは帰って、早く漫画が読みたいんだ」
「ほお、そいつは急がないとな」おじさんは晴れやかに笑った。「それじゃあ、傘、あげようか?」
「持ってるの?」
 ぼくは驚いて声を挙げた。それが自分で思ったより大きくて、ぼくは二重に驚いた。おじさんはそんなぼくを見て、さっきの二倍晴れやかに笑ってから、不意に手を差し出してきた。
 手には大きな傘が握られていた。いつ取り出したのだろうか、とぼくが訝しげに見ていると、おじさんはその傘をぼくに手渡した。
「ほら、めちゃめちゃ大きい傘だろ。これで漫画もきみも濡れない」
「でも、おじさんの分の傘は?」
「大丈夫だ」
 おじさんはそう言って手を自分の後ろに回した。そして少しもぞもぞとしてから、さっきと同じように手をのばした。手にはやっぱり傘が握られていた。
「私は傘をたくさん持ってるからな」
 ぼくが、なにが起こったのか分からない、といった風の顔をしていると、おじさんは少し首を傾げた。けれど、すぐに納得したような顔をした。
「ああ、きみから見れば突然傘が出てきたように見えるのか。……これは、魔法だ」
「嘘だ」
「嘘です。でも私は魔法使いだ」
「嘘だ」
「嘘です。でも私は傘お化けだ」
「嘘だ」
「嘘です。きみは嘘を見抜くのが得意だね、もしかしてきみは超能力者かい?」
「うん」
「嘘だ」
「嘘です」
 おじさんはしばらくぼくと無駄な応酬を繰り返した後、小さく笑ってから言った。
「なに、ただ単に後ろのリュックから傘を取り出しただけだよ」
「もしかして、そのリュックの中、全部傘?」
 ぼくが怪訝な顔つきでそのリュックを眺めて言うと、おじさんは頷いた。
「なんで傘を持ち歩いているの?今日は天気予報でも晴れだって言ってたのに」
「雨ってのは、いつ降り出すか分からんだろう。今日だってそうだ」
「でも、そんなにたくさん持ってる必要はないでしょ」
「きみみたいな人がまだまだいるんだよ。傘が必要な人がね」
 おじさんは顔をほころばせた。
「さ、帰りなさい。漫画を読まないといけないだろ?」
「あ、そうだった」
 ぼくはおじさんを不思議に思いながらも、おじさんから貰った傘を広げて軒先から歩を進めた。傘は、ぼくが持つには不釣り合いなほど大きくて、その重みにぼくは少しふらついてしまった。
「おいおい、こけるなよ?」
 おじさんは心配そうに言って苦笑した。
 ぼくは体制を立て直して、おじさんのほうを向いた。
「ありがとう、おじさん。また会った時、この傘返すよ」
「返さなくていいさ」
 おじさんは長いリュックを指差した。
「おじさんは傘をたくさん持ってるからね」
 やっぱり不思議なおじさんだと思った。
 ぼくは申し訳なく思いながらも、バランスを崩さないよう慎重に、深々と、お辞儀をした。
 おじさんはそれを返すように手を振って、晴れやかに笑っていた。