募金に関して
2011年05月15日 00:43
作者:篠崎麻琴
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まぼろし

はじめまして、篠崎と申します。 まずは東日本大震災で被災された方々に心よりお見舞い申し上げ、また犠牲となった方には心よりお悔やみ申しあげます。 私の父は、福島県いわき市の出身です。 川内村には、私もよく温泉に入りに行きました。 そのような思い出深い土地で起こった今回の震災は、私にはあまりにも大きすぎるショックを与えています(現在進行形なの、ここ重要)。 そんな災害から復興へ向かう、それに私が少しでも役に立てるなら、と、この企画に参加させていただくことにしました。 どうか拙文をお許しください。

 いつもの道の、いつもの場所。
 そこには一本の、桜の大木があった。
 儚い薄紅色のその花は、毎年何かを隠すように咲き、そして散っていくのだった。

 僕の通学路である川沿いの道には、昔から一本だけ桜が植わっていた。
 僕が物心ついた頃はもちろん、僕の祖父母がここに移り住んだときには、もうその場所には立派な桜の木があったという。だいたい昭和の30年代半ばだろうか。
 一説に拠れば、この桜は江戸中期に土地の豪農が植えたということで、もしそれが真実なら樹齢は軽く200年を超える。一本だけというのが、何か引っかかるが。

 その日も僕は、一人で家路を歩んでいた。
 その日は僕の通う高校の入学式で、式が終わるとそのまま放課になったのだ。
 川沿いの道を一人、僕は歩いていた。
 行く手に、例の桜の木が見えてくる。行くときにはまだ咲いていなかったのだが、今はちらほらと、その花を見ることができた。
 そしてその木の下にはひとつ、人影があった。
 薄紅の、文字通り桜色の着物を着て、じっと桜を見上げている少女。ときたま吹く風が、背中まで届くほどに長い彼女の髪を、着物の裾と一緒に揺さぶった。
 彼女の横顔は、儚くて。
 端正な顔立ちのその少女は、少しだけ悲しみに染まった瞳でじっと桜を見上げていた。
 いつしか僕も、彼女の隣に立ち、風に揺れる桜に魅入っていた。
 そして、不意に。
「――始まりは、終わりのために存在します。」
 涼やかな声。彼女は、何かの文言を詠唱しているかのようだった。
「始まりがあれば、必ず終わりもあります。」
 彼女はぶれない。前髪が風になびいた。
「終わるために始まりがあるなんて、なんて、残酷なこと――」
 訥々と紡がれる彼女の言葉に、僕は口を挟まざるを得なかった。
「始まりがなければ、僕たちは此処に存在し得ない。」
 彼女は僕に気づき、はっとした表情でこちらを見上げた。
「すなわち、始まりがなければ、その議論は意味をなさない。」
 その瞳に少し光が差したような気がして、そして彼女は
「――そうですね。」
 と、やわらかく微笑んだ。

 それから毎日、僕と彼女は桜の木の下で会うようになった。
 始めの頃は偶然に、しかしそのうちにお互い示し合わせて会うようになった。
 お互いに、お互いの名前も住所も知らない。でも、二人にはそれで十分だった。
 桜の木の下で、ただ取り留めのない話をして。1時間くらいしゃべって、「じゃ、また明日」と。そんな関係が、話し相手のいない僕には嬉しかった。

 でも、始まりがあれば、終わりがあるのも必然だった。
 始まりが存在した時点で、終わりの存在は予言されていたのに、僕はそれをすっかり失念していた。

「もう、明日からは会えません。今日で最後です。」
 初めて会ってから1ヶ月ほど経った頃、突然に彼女は悲痛な面持ちでそう告げた。
 僕はただ、呆然としかできない。
「最初に言ったでしょう? 始まりがあれば、終わりもあると。」
 彼女は、僕をまっすぐに見つめて。
「始まってしまったからには、どこかで終わりを迎えなければいけません。」
 一言一言、紡ぎ出したような彼女の言葉。
「……私も、終わりを迎えるのは嫌です。」
 少し俯いて、でも言葉だけは僕に向けて。それっきり、お互いに沈黙してしまった。
「……私、行きますね。後腐れのないように、なるべく早めに。」
 ここでやっと、僕は言葉を口にした。
「待っ……」
 言葉と言うより、音に近い。僕の口は、震えて声を出せなかった。
 彼女は、川縁に歩くその足を止め、僕の方を振り向いて言った。
「――来年も、見に来てください。」
 それっきり彼女はこちらを振り返ることはせず、すたすたと僕の視界から消えていった。
 もちろん、翌日から彼女は桜の木の下に現れなくなった。

 抜け殻のようになった僕には、学校生活だけが残った。毎日毎日授業に明け暮れ、彼女を失ったショックも相まって、今考えれば放心状態になっていたように思う。
 それに気づいたのは、彼女が消えてから1週間ほど経った頃。風が着実に熱を帯び始め、夏の足音が聞こえ始めたその日、僕は川沿いの桜の木が、それだけで美しい葉桜になっていることに気がついた。
 太陽の光を一身に受けて、のびのびと育っているように見えて、その時僕は彼女を思いだして、

 ああ、そういうことだったのか。

 僕は彼女の正体を知り、そして誓った。
「来年も、見に来るから。」
 それまで頑張って、と、彼女に言われた気がして、僕は家路を急いだのだった。

 もう何年も前の、僕の初恋の話である。